よしなしごと

2005年6月に結婚、2007年2月に長男が生まれました。2009年8月に次男も加わって、てんてこまいの日々です。

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親と子

しぇりーさんとこで記事を読んで、ふとうちの両親のことを思い出したので
つらつらと書いてみます。

うちの両親は離婚してます。
私が小さい頃からよくケンカはしてたけど、
離婚したのは、2002年、ん?2001年だったかな。
覚えてないや(笑)。
まあ、いわゆる熟年離婚ってヤツですね。

でもそれを見て。
熟年離婚なんてするもんじゃないと思いました。
なんせ、離婚したら女は弱いです。
特に両親の年代だと一人で食っていけるだけの仕事なんてしてないだろうから、
なおさら。
うちの両親の場合は、離婚を言い出したのは母なんですが、
離婚する際、父が自主的に早期退職をしてたので
支払い能力がないということで、住んでいた家とわずかな貯金をもらえて、
それっきり。
そのあと母はガンを発病しました。
保険はすべて父の方に入ってて、離婚した時に全部やめてしまったので
治療費で貯金は全部消えました。

妹は既に結婚していて、一家四人食うや食わずの生活。
私は働いていたけど、派遣社員で彼氏とワンルームで同棲生活だったので
とても母を養うことなんてできませんでした。

母は国の医療制度などを利用しつつ、父に譲られた家で
それまでパートで働いてた分の失業保険と、母の姉・妹からの借金で
療養生活をしてましたが、そりゃあ惨めだったと思いますよ。
働きたくても働けないわけですからね。
生活保護を受けたくても、家を手放さないかぎり、受けられないし。

一方、父は会社を辞めた後東京に行き
古くからの友人の紹介で子会社を一つ任され
悠々自適の生活を始めました。
ちなみに、離婚するとき既に父には愛人がいました。
これが、何と母と同じくらいの年の、夫も娘(私と同い年らしい)もいる女性。
つまり、W不倫ですな。
さすがに父は私たち娘にはその事実は押し隠してましたが
母が私立探偵を雇ったので、ばっちり知ってしまいました。

母はその事実を知ってその人に電話をかけました。
すると、その人はこう言いました。
「奥さんがそんな人だから、ご主人も浮気されるんじゃないですか?」
奥さん!聞きました?
謝るどころか、居直ってますよ!(笑)
結局、図々しい人には何を言っても通じないんだなあと思った出来事でした。

****** ▼ 追記記事 ▼ ******



こういう両親の一連の関係を見ていて、私がしみじみと思ったのは
結婚するなら、離婚しないで済むような人としなきゃなあというのと
それでも離婚しなきゃいけなくなった時に、暮らしていけるように
女も何か仕事を持ってなきゃいけないなあということでした。

父はよく母に暴力を振るいました。
私たちの目の前では、怒鳴ったり物を投げたりするくらいでしたが
私たちが寝ている間に言い争いをした時は
朝起きたら部屋中が血だらけになっており、割れたガラスが散乱していて
母がいなくなってたこともありました。
(肋骨が折れていたので病院に入院してたのです)

そういうわけで私は今でも男の人の暴力だけは怖いです。
が、当時はわりと冷めた目で両親を眺めていた気がします。
「お母さんも、そんな風に口答えしなきゃいいのに。」
「もっと殴られないで済む言い方があるだろうに。」
そんなことを思ってました。

私は小さい頃からかなりのお父さんっ子だったので
どうしても父に有利な見方をしてしまってました。
母はずいぶんつらかっただろうと思いますし、
私も同じことを子供からされるかもしれないなあ・・・とも思っています。

でも成長するにつれ、父のしたことは決して褒められるようなことじゃないと
分かって来て、
それでも私は父の価値観=自分の価値観と言ってもいいくらいに
父の影響を受けて育って来ていたので
そこから抜け出すのにはかなり苦労しました。
今はだいぶ冷静に見れるようになりましたけど、まだ完全とは言えないかもしれません。

私は小さい頃からいじめられたり、人間関係や恋愛もうまく行かなかったりして
かなり悩んだこともありました。
その過程では、そんな自分の境遇を、両親の不仲のせいにしたりもしました。
が、今では、それを理由にして同じところに留まっているよりも
そんなことは乗り越えて、どんどん人として成長していきたいと思っています。
親のせいにするのは勝手だけど、
結局順当に行けば、親は先に死んでしまうんです。
その後残るのは、責任をなすり付ける相手のいなくなった、たった一人の自分だけ。
そうなったらどうする?
誰かが幸せにしてくれるの?
答えは、ノーです。

しかもそんな、責任を他人になすり付けてばかりの人間のそばになんて
誰もいたいと思ってくれないでしょう。

親も恋人も友達も、自分を差し置いて自分以外の人のことを考えたりしません。
もしそうしてくれたとしても、死ぬまで一生そばにいてくれる保証はありません。
誰よりも自分の幸せを考えてくれる相手。
それは、自分しかいません。
死ぬまで一緒にいてくれる相手。
それは自分だけです。

とすると、自分で自分を幸せにする努力をしなければ
一生不幸せのままなんです。
そんなのはいやだー。

そう思ってから、私はずいぶん楽になりました。
親の呪縛からもだいぶ解放されたと思います。
そうなってから結婚したので、たぶん今の相手とは一生添い遂げられるでしょう。
(まあ保証はないけど)
恋愛もそれなりに経験して、痛い目も見たので、
まあ若い頃よりは相手の気持ちを考えられるようになったのではないかと思います。

私がいつからか思っていたことが一つあります。
それは、もし子供ができても、夫より子供を大事にするようなことはすまい、
子供に依存するような母親にはなるまい、ということです。

小さい頃から、母は父とうまく行かないことによる精神の不安定を
全部私たちにぶつけてくるようなところがありました。
「お父さんとお母さん、どっちが好き?」
とは何度も聞かれましたし。
そのたびに私は子供なりに考えて
「同じくらい。」
と答えたりしてました。
父の味方をするようになったのは、そんな母に反抗する気持ちと
妹の方が小さい頃から母と仲が良かったことが関係してるかもしれません。
「妹がお母さんの味方だから、私がお父さんの味方をしなきゃ、
お父さんは一人ぼっちになってしまう。」
そんなことを考えていた気がします。

どちらにしても、そんな風に子供が気を遣っているのは異常な状態なんです、今思えば。

本当は、私はお父さんとお母さんに仲良くしてて欲しかった。
私たちなんかそっちのけでいいから、お父さんはお母さんが一番大事、
お母さんはお父さんが一番大事、そう言ってて欲しかった。
まあ実際そうなったら淋しくてぐれちゃったかもしれないけど(笑)
だから自分が結婚したら、そうなるように努力しよう、
そう思ったわけです。

親に依存されるのはきついです、実際。
反抗なんかできないし。
離婚の時も、父からは間に立って調停役をしてくれと頼まれましたし、
母には、父の浮気の証拠を握ってくれと言われました。
まっぴらごめんです。
二人の問題なんだから二人で解決してくれって思います。
だけどそうやって突き放せないんです。
親だから。
育ててもらった恩があるし、
情だってある。
私しか頼る人がいないんだろうなって思う。
だけど、どちらもお互いにお互いの悪口を吹き込んでくるんです。
私にとってはどちらも親だから、悪口を聞くのはつらい。
そういうことで、一時は精神が崩壊しそうになりました。

最終的には、どちらとも距離を置くことで、どうにか精神を正常に保つことができましたが
子供には絶対にそういう思いをさせたくないです。

長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださった方ありがとうございましたm(__)m
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*** COMMENT ***

辛いですねぇ・・・

居直る女こそ、強いのかもしれない。
お母さんは、その年齢までお父さんを愛してたんでしょうね。
不倫してても家に金入れてくれればいいやって思う妻もその年齢だと多そう(うちのおかんやら)

私も離婚して病気になりましたから。
何かあるのかしら?そういうのって・・・。

ごめん!
またゆっくり来ます!
∥wc∥ o(≧∇≦o)))) =з =з =зモレルゥー!!
お腹が変で目がさめました( ;∀;)

おおう

お腹大丈夫だったのかちら・・・?
いえいえ、いつもコメントありがとうございまつ!
なっがい文章、読んでくださっただけでも感謝です(^^;)

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プロフィール

小屋川すなみ

Author:小屋川すなみ
九州⇒2011.3より神奈川に引っ越した30代(もうすぐ終わり)兼業主婦です。動物占いは羊。血液型はO型。趣味は読書と、カフェ巡り・・・ですが最近全然できていません^^;

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